2023年6月21日、61歳の若さでこの世を去った、ダンスプロデューサーの夏まゆみさん。
モーニング娘。やAKB48など、トップアイドルはもちろん、様々な芸能人のダンスの振付に尽力されていたのは、誰もが知っていることだと思います。
しかし、夏まゆみさんとAKB48の間には、確執があったともいわれているようです。
今回は、夏まゆみさんとAKB48との関係について調査しました。
夏まゆみさんのプロフィールはこちらです。
夏まゆみさんは、1993年、ニューヨークのアポロシアターにて日本人初のソロダンサーとして出演しました。
1998年には、冬季長野オリンピック閉会式で老若男女数万人が一度に踊るための振り付けを考案・指揮しています。
モーニング娘。やAKB48の「育ての親」として知られ、現在のアイドル文化の基礎を作ったとも言われています。
2014年に出版した『エースと呼ばれる人は何をしているのか』(サンマーク出版)はベストセラーとなりました。
夏まゆみさんの訃報を受け、AKB48が公式Twitterを更新しました。
ツイッターには「AKB48は今年で18年目を迎えましたが、夏まゆみ先生に振付いただいた多くの楽曲は今でも歴代メンバーから受け継いでおり、この先もずっと大切に踊り続けていきます」とつづられており「心からお悔やみ申し上げますとともに、故人のご冥福をお祈り申し上げます」と追悼コメントが掲載された。
ーhttps://www.faith-wonderworks.co.jp/jsp/artist/news_gp.jsp?index=dailysports&key=20230706046&aid=24585
AKB48の“育ての親”としても知られている夏まゆみさん。
AKB創業期から約2年間、AKB48の指導にかかわりました。
しかし、AKBを辞めた理由は、AKB運営側との対立が原因だったようです。
秋元康さんから声がかかり、立ち上げの段階から携わっていた夏まゆみさん。
熱が入った指導に、AKB48 の現場スタッフから、よく思われていなかったという噂があります。
振り付けという作業に入る前にまず、取り掛からねばならなかったことは、いわばプロデューサー仕事だった。
ーhttp://www.natsufun-keyhearts.co.jp/blog/?p=1639
夏さんは、振付師でありながら、プロデューサーの仕事を担っていたことを自身のブログで語っています。
・誰がメンバーになるのかをオーディションした。
・専用劇場内のステージデザインにたずさわり、出来上がって来た楽曲の歌い分け(だれがどのパートを歌う、誰がソロを取るなど)を決めた
・ステージで行われるMC台本も手掛けていた
・ユニット立ち上げ
・ステージそのものをデザイン
実際にはかなり多くの役割を夏さんは担っていたようです。
若かりし頃からニューヨーク・ブロードウェイを目指した舞台出身の私にとっては楽しさであり喜びだった。
トータルプロデューサーである秋元さんはそういった立場と役割を私に託してくれた。
ーhttp://www.natsufun-keyhearts.co.jp/blog/?p=1639
楽しさや喜びを見出して指導に当たっていた夏さん。
だからこそ、夏さんの思いやこだわりがひときわ強かったのかもしれません。
一緒にステージを作り上げるのではなく、夏さんの色が濃くなっていくことに、面白くないと思っていた人もいたのかもしれませんね。
夏まゆみさんは、創業期から約2年間AKB48の振り付けを担当していました。
2年間同じ人が振り付けを担当していると、どうしてもマンネリ化してきてしまう部分もありますよね。
ただ、創業期など大変な時期を経験しているだけに、夏さんに伝えづらかったという部分のあったのではないでしょうか?
夏まゆみさんが辞めたは、夏まゆみさんのスタッフだった牧野アンナさんを引き抜いたと言われています。
そのことが、さらなる亀裂をうんでしまったようです。
夏まゆみさんは、自身のブログで次のように語っています。
しばらくの間、AKBに関しては口にしてこなかった。。。 いろんなことがあったからね。
ーhttp://www.natsufun-keyhearts.co.jp/blog/?p=1639
”いろんなことがあった”という短い文章の中に、わたしたちには推測できないようなものも含まれていることが想像できます。
手塩をかけて育てたグループの指導を辞め、口にもできない状況というのは、よっぽどのことがあったからではないでしょうか?
純粋にアイドルを育てていきたいと思っていた夏まゆみさんにとって、運営側との確執は、本来の目的を果たせず、続けられなかったのかもしれません。
一部では、「AKB48は物覚えが悪いから指導をやめた」「モー娘。のほうがレベルが高かったから」などの噂もあった夏まゆみさん。
しかし、AKB48のメンバーに対しては、愛に溢れていたようです。
実は、おかげで、モーニング娘。とAKB48を両天秤にかけている様な、手痛い評判とさりげない圧力に当初苦しんだ。
ーhttp://www.natsufun-keyhearts.co.jp/blog/?p=1639
私はかなり古いタイプの人間で、この業界ではめずらしいと言われるんだけど、義理と人情で生きていたりするので、なんか、両方を同時に手掛けることには気が引けたから、同時進行の時期はない。 、、、ま、、、つらい過去は忘れよう、、、。
同時進行の時期もなく、両方を天秤にかけることもしていなかったのが事実だそうです。
これを示すかのように、夏まゆみさんの訃報を受け、元AKB48のメンバーからは、相次いで追悼の言葉が送られていました。
「右も左もわからない私達AKB48一期生に、アイドルとは何か、ステージに立つとはどういうことなのか、その一つ一つを教えてくださったのは夏先生でした。『わからないは良いけど、できないは言わないで。それでは成長できないよ』 時に厳しく時に優しく、メンバーだけでなくスタッフに対しても様々な言葉をかけてくださいました」
-Twitter
「AKB48の活動が思うようにいかず自信を失いかけていた時、『峯岸はダンスの才能がある』と声をかけてくれたことがそれまで生きてきた中でも一番に嬉しい出来事で、夏先生のその言葉があったから私は今もこの世界で頑張ることができています。」
ーhttps://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/07/06/kiji/20230706s00041000547000c.html
「大好きな大好きな夏先生。先生に振り付けしてほしくてオーディションを受けたんだったな。陰の努力を見ててくれて、努力は無駄になるないと教えてくれた恩師。厳しい言葉の中にも愛のある大好きな先生。また会いたかったです。ご冥福をお祈りいたします。」
ーhttps://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/07/06/kiji/20230706s00041000547000c.html
「私が今ダンスできるのは夏先生のおかげです。何もできない私に厳しくも側で諦めずに教えてくださった事今でも忘れません。人は変われる!できると思って自信をもちなさい!いつもレッスンの時泣く私に言ってくださいました。夏先生ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。」
ーhttps://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/07/06/kiji/20230706s00041000547000c.html
「アイドルってすごいんだよ!何度もおっしゃっていたその言葉が、今でも鮮明に残っています。ステージに立つことがゴールではなく、どう表現し何を伝えたいのか、右も左も分からない世界で多くのご指導をいただきました。夏先生、ありがとうございました。」
ーhttps://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/07/06/kiji/20230706s00041000547000c.html
「歌詞に沿った、音楽に沿った振付一つ一つに魂と意味が込められていて、夏先生に付けて頂いた振付だけは今も忘れることなく私達の身体に染み込んでいます。天職だった自分のアイドル人生が夏先生から教わったモノとして、今後の人生にも大きく残り続けてくれることが誇りです」
ーhttps://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/07/06/kiji/20230706s00041000547000c.html
初期メンバーが、多数の追悼の声を公表していました。
もし夏さんが適当な指導をしていた場合、このようなたくさんの追悼の声はよせられていないと思います。
休まなかったなぁ、前田は。 初日が開けた途端に、張り詰めていた緊張の糸が緩んで、体調を崩すやつが多かった中で、前田は絶対休まなかった。 休まずステージに立ち続けた。 そこには心底感心したものだ。
ーhttp://www.natsufun-keyhearts.co.jp/blog/?p=1639
当時AKB48のエースだった前田敦子さんが卒業する際、前田敦子さんに対する思いをブログで綴っていた夏まゆみさん。
些細な部分までしっかり前田敦子さんのことを見ており、メンバーに対する愛情がひしひしと伝わってくる内容でした。
夏さんが様々な人に残したのは、ダンスだけではなく、生き方や物事の向き合い方も含めた、まっすぐな姿勢だったのかもしれません。
若くしての死去が本当に悔やまれます。
ご冥福をお祈りいたします。